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穂高・槍、冬の旅4-下山-

昨年の黒部と比べても強い疲労感。

長い移動距離に加え高低差、状態の悪い神経を遣う雪の処理、標高の高さに低温。

下山後の常に空腹を感じる期間も2週間続いた。

 

長い登山の楽しみのひとつとして、行動や運動量や条件による体の反応をみることができることがある。

 

 

“自らにも探求心が躍る。”

そんなことは人生全体で感じる以外、登山の他にないだろうと考えている。

 

 

・3/1(9日目) “小槍”

 

風は強いが、取り付きは近く精神的にプレッシャーを感じづらい。

 

取り付くと再び冷たい風に押さえつけられた。

ドライに苦手意識があることも相まってとにかく寒く震えが止まらない。僕は限界だった。

たまらず小槍から下降。申し訳ないがどうしようもない。

 

小屋へ戻り温かいものを一杯飲むとヘラヘラと陽気に戻る。

さっきまでの意気消沈は何だったのかとツッコミたくなるだろう。

申し訳ないがどうしようもない。

 

 

・3/2(10日目) ~北鎌尾根2749m

予報的にはこの日のみ降雪がある見込みだった。

ここで本当に降ってしまうとルンゼから取り付くルートには立ち入れない。

 

ここまで無事に進んできたのだ。

元気に帰ろうと話し合ってこの日に北鎌尾根を下り始めることに決める。

 

とはいえ最後に北鎌尾根を下降することもイベントの一つだった。

 

壁に一か八かで取り付いて成果なく下りることも予想されたから、ここまできたら北鎌下降のお土産は持って帰りたかった。

 

思った通りの複雑さで時間は要したが楽しめた。

 

尾根上で両腕に抱えるほどの岩が剥がれたりしたのは地震の影響か、この時期でもかなり脆い箇所がある。

 

北鎌のコルを過ぎたあたりの小ピークで終了。

今回のテン場はコルが多かったので久々に見晴らしの良い寝床だった。

 

月が明るく夜中もテント内が明るい。

パートナーがヘッデンを消し忘れているのかとお互いに思っていたほどだった。

 

・3/3(11日目)  ~湯俣

 

これまでの行程が、空の神々しさを増す要因となっていた。

 

「まだなかなかの距離あるけどね。」と言いながら足取りは軽くなっていく。

 

季節外れのアイゼン下駄が鬱陶しいが、暖かな空気も愛おしい。

 

P2から天上沢へ。

斜面の向きが変わると重い雪は表層5cmの硬いクラストとなり踏み出すごとに脛に攻撃を加えてくる。

懸垂で下りたら幾分かマシになった。

 

”5.6回ほどの渡渉を強いられる”と記録にはあるのだが、どうしてもそんなことで許してもらえる様子ではなかった。

例年だともう少し積雪で川幅が狭まり楽に渡れるのだろうか。

結局湯俣の目前まで10回ほど渡渉を繰り返すが続いた。さっきまでの晴々した気分はポケットから滑り落ちた携帯電話の如くに流れながら沈んでいった。

 

入山なら気を遣うのだろうが、僕たちはもう帰るのだ。疲れているのだ。

横着こいてワカンを履いたまま渡ろうとしても結局失敗して腰まで濡れることになる。

 

登攀予定にあった硫黄岳の壁も覗いたりするが気持ちの重きは寒さが勝った。

僕自身、まさかの12日間中最も記憶に残る苦行となった。

 

・3/4(12日目) ~高瀬(葛温泉)下山

近い季節にヒトが存在するであろう様相に安堵して眠りを堪能した。

湿っぽくだらしない空気に身体も気持ちも緩みきる。

 

懸念していた林道側壁からの雪崩とトラバー、、、雪崩れてくるものは存在すらしないし林道は地面が露出しているほどだった。

 

怒涛の出来事も手元を離れれば他人事。

道を歩くほどに体にまとわりついた重圧が解けていく。

 

 

前述したように特別に得たものというものはない。

考えこなして時間が経った。

 

何をしたか、何処に行くか。

そんなことはさておき誰と行くかが愉しみなのだ。