穂高・槍、冬の旅3
ラジオからは各地から春を告げる文言が繰り返される。
食べたいものを、たくさん食べたい。
多少の不自由はあってもいいが、安心して眠りにつきたい。
酒も飲みたい。
ずっと楽しいわけではないのに、ズっと山に入り続ける、
一体どういうことなのか。
・2/25(5日目) 前穂北尾根3.4のコル~北穂高岳
涸沢を経て対面に望む北穂高岳。
「今日も長くなりそうだなぁ。」
ヘッデンは3峰の登りで仕舞い込み最高の青空だ。
2日目に落としたサングラスが惜しまれるが、幸い強風のおかげで細目を余儀なくされるからか今のところヤバい気はしない。
吊尾根は予想以上の複雑さだった。雪の量と雪質も悪い方に振れ神経がすり減らされた。
奥穂高岳ではパートナーが、
「写真撮ろうよ。」
と笑っていた。愛らしい一面があってほっとした。
懸念していた涸沢岳から先も予想通りの悪さでウンザリだ。
ドーム手前から体の動きが鈍くなっていた。
午前中は日照りで暑かったせいもあり、さすがにへばってきてるなぁ。
と進むが、次第に息があがり酸素がいきわたらない感覚に変わり足が止まったりした。
北穂高岳まで距離100mほどで日没。
ヘッデンを出そうとすると手が痺れて力が入らない。足も同様。
手こずる僕を横目にパートナーは「フィックス張ってくるよ。」
なんて優しいんだ。
見送りながら気づいたそれは「やばい!ハンガーノックだ。」
覚悟をもって臨むをテーマにお送りしている最近のワタクシの個人山行。
この標高、強風、気温にこの場所でのこの体調。やすやすと死ぬ覚悟はまだできないようだった。
たまたま出発前にザックに放り込んだ一つだけ残っていたエナジージェルを思い出し取り出そうとするも、ファスナーのタブもザックの雨蓋のバックルも掴めない。
腕や口を駆使し何とか取り出したジェルを流し込むと次第に血の気が戻ってくる。
その隙にとありったけの補給食を口に詰め込んだ。
それでもジップロックも開けられないのでアックスや口でなんとか開封した。
なかでも友人が作ってくれた身体を温めるハーブ入りのグラノーラは気持ちも和らげてくれた。
そうこうしているとパートナーが30mいっぱいロープを伸ばし戻ってきた。
先ほどより幾分意識もはっきりし回復が感じられる。北穂高岳までたどり着いた19:30
なんともお恥ずかしい初歩的な失態を犯してしまった。
だがあの時に口に詰め込んだ補給食のおかげか、北穂到着後はかなり回復した。
もし動かなくなってしまってからでも遅くはない。とにかく諦めず食うべし・飲むべし。
・2/26(6日目) 停滞
風が強い。
身体を起こしもせず停滞を決める。
破れたウェアの修理をしたりして過ごした。
僕はひたすらにでも寝ていられるのだが、パートナーは活動的だ。
それに従い僕もイキイキと過ごす。
・2/27(7日目) “滝谷”
北穂からの下りは良く締まっていて下りやすいが今シーズンの積雪の少なさ故かときおり岩を蹴り込みヒャッとする。のはこれまでと一緒。
効率と装備を考慮して取り付いた第一尾根。
パッとしない印象で取り付きに向かったが、スケールも思ったほど小さくなく、閉ざされ感も相まって需要に沿った良いルートと思えた。
実際は工事現場のような様相の脆い壁だったが、これもおそらく少ない積雪故のものだ。
青白い柱状節理に、ふさわしくないが「墓石みてーだな」と呟きがもれた。
コンディションの整った其処はきっと雪でまとめられずっと良いルートに思えたろう。
だが、地震で崩壊したとされるⅣ級のピッチは訳が違うようだ。
傾斜の強いフェースと化しており冷えようが何も変わらないだろう。
パートナーが落ちた。
直後のカムが飛び、アックステンションになったところで反動でアックスが後方に飛んでいくのが見えた。
とても華麗なムーンサルトだった。
その後はフォローはユマールで登り夕陽に照らされてトップアウトしたが、
パートナーは間髪入れず下降していった。20時まで残業して捜索した。
僕は水を作った。
何かあったときに何していたかを聞かれた際にカレー食ってましたでは格好にならないから飯は我慢した。
見つからなかった。可哀想だった。
・2/28(8日目) ~槍ヶ岳
ノミックが諦めきれない。
まだ日程が3分の1残っている。
再びB沢を下る。
昨日の取り付きまで下ると一足先に下りたパートナーがもう一段下まで見に行って登り返してくるところだった。
小さなゴマ粒の、彼から漂う何かから容易に感じ取れた。
「ないね。」
諦めをつけたことにして槍ヶ岳へ進むとした。
大キレットもなかなか複雑だった。
雪の状態も歩くに都合が悪く、続けて神経を遣わされた。
風は強いが視界もよく南岳からは気持ちよく歩く。
当然パートナーはそうはいかないご様子。
槍ヶ岳山荘には15時過ぎに着いた。今回初の早出出勤の残業なしだ。
2日後だけ天候が思わしくない模様。
日程はあと6日間ある。
だが、この”2日後”にポジティブに動けないかもしれないというタイミングが絶妙に悪く、実はあまり余裕がないことに気づく。